ぽんこの雑記

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【海外旅行記・韓国ソウル編⑤】西大門刑務所歴史館に行ってきた。

前回からの続きです…
www.poncono.com

光化門広場での食イベントにお邪魔して、お腹を満たした後は独立門駅に移動し、「西大門刑務所歴史館」に行ってきました。

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本題にいく前に、少し前置きをさせてください...。


この西大門刑務所歴史館というのは、

ざっくりと説明をすると、日本植民地時代に独立運動家たちを収監していた場所で、第二次大戦後は韓国政府が使った獄舎などを保存公開している場所です。


旅行から帰ってきて、友人にこの歴史館を見学してきたと話した際、「それって日本人がごめんなさいって言わないといけないやつ?」と冗談半分の相槌を打たれ、

わたしはそういうことを言いたいんじゃなかったんだけど、その言葉を受け取った途端、それを否定する気持ちももうどこかへ行ってしまって、

結局、西大門刑務所歴史館で思ったこと、考えたことはそっと心にしまって今日になりました。


西大門刑務所歴史館に訪れた方が書かれている、口コミや感想、それに対する反論などを読むと、(少数の意見ではあるけど)複雑かつ悲しい気持ちになってしまうこともあり、どこかの誰かと議論をしたいわけじゃないわたしは、

このことは旅行記にして残すのは止めようかなとも思ったんだけど、でも母とここを訪れて話したいろいろを記録したいような気もして、

やっぱり書くことにしました。


わたしは日本人でも、韓国で生まれた韓国人でもありません。日本で生まれて日本で育った在日韓国人です。

日本も韓国も同じくらい好きだということだけ、分かってもらえるとありがたいです。

(もし悲しくなってしまうコメントが付いたとき、わたしの大切なひとの目に届いてしまうのが憚られたので、コメントは承認制にしました。公開するつもりはありませんのでご了承ください。)


さて、

上記で、“そういうことを言いたいんじゃなかった” と書きましたが、じゃあ何が言いたかったのかと言うと、

それぞれの国でどんな教育がされて、どんな報道が流れようとも、

わたしたちは自分の意志で情報を集めることができるし、自分の意志・感情で思想を持つことができるし、それを発信することができる “今” に生きていられることは、とても有難いことだなと。

誰かに抑圧されたりすることなく、選択の自由が無限にあることが幸せだなと。

思い知りました。

思い知るきっかけになるものが、西大門刑務所歴史館にはあったように感じました。


ほかで見聞きしたことは交えずに、この歴史館で公開されている情報を元に、ご紹介していきたいと思います。

結構精神的につらい写真と表現が出てくるので、興味がある方だけ先に進んでいただけると幸いです。

前置きが長くてすみません...。




西大門刑務所歴史館でひととひとのあり方について考えた

西大門刑務所歴史館は、日本植民地時代に独立運動家たちを収監していた場所で、監獄や死刑場などが保存公開されています。

2010年の改修によって目を伏せたくなるような拷問の様子などは減らされたようですが、現在でも独立運動の取り調べの様子や、一部の拷問の様子は人形を使って再現がされていました。

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▲史料を元に作られた1930年代の建物の模型。

歴史館として残っているのは、当時の約3分の1ほどの敷地で、建物は取り壊されてしまったものもあれば、移動されて残されているものもあるようです。

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▲展示物についての解説は韓国語・英語が主で、日本語訳が記してあるものは少なかったので、母が大事なことは説明をしてくれました。

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▲約5000人分の受刑記録票。通算収容者のおよそ8分の1の数らしい。受刑記録表には、顔写真、氏名、年齢、身長、特徴、指紋が書かれていて、自分と同じ姓の方を何人も見つけました。

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▲取り調べ室には爪を剥ぐための拷問具なども。

このほかにも、逆さ吊りにされた人が顔に水を浴びせられている様子や、体を小さくした状態の人を入れて揺する、内側に長い棘が何本も付いた箱などが展示されていて、

とてもじゃないけど平常心じゃ見ていられなかったです。

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▲重々しい扉の窓から中を覗くのは、毎回勇気が必要でした。

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▲煉瓦造りの建物だけ見ると、ここが刑務所だったなんて信じられない。

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▲受刑者が収容されていた2階建ての棟。

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▲1階と同じように2階にも監房が並んでいました。

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▲監房は中に入れるように解放されて展示スペースになっているところもあれば、鍵がかかっているところも。

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▲原始的な仕組みの報知機。

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▲独房。この歴史館の中で一番怖くて、息苦しさを感じた場所(怖かったという表現が適切なのかはわからないけど...)。こんな暗くて狭い場所に人が入れられてたと思うと、いたたまれなかった。

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▲独房の排泄物処理のための穴。独房に収容された受刑者は、人との関わりを一切絶たれていたらしく、排泄物も外から片付けられていたそうです。

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▲外壁のやや白い部分は、元はトイレがあった場所。

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▲外に飛び出すかたちで設けられていたトイレは撤去されています。トイレと言っても、四角い穴だけが空いていて、普段は蓋をして閉じてたみたい。

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▲左の白んだ塀の向こうは死刑場。輪っかになって天井から下がったロープも、落ちる床に置かれた椅子も、生々しくそこにありました。この中だけが撮影禁止の警告が書かれていました。

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▲他の受刑者との交流ができないよう高い壁に仕切られた運動場。わたしが立って写真を撮った位置から監視されていたよう。

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西大門刑務所歴史館はかなり広くて、建物を移動しながら見て回るので、そこそこの体力を使いました。

コネスト情報だと、所要時間目安は1.5時間となってたけど、実際ちゃんと見ようと思ったら2時間くらいは必要なんじゃないかと思います。

紹介したのはごく一部なので、ぜひ興味のある方は行ってみてください。

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最後に、

読んでくれている方に、こいつ頭悪い奴だなぁ...と思われるんじゃないかとやや不安ですが、賢くないわたしのまとまってない正直な感想を少し...。


西大門刑務所歴史館は、やっぱりとても辛かったです。

いまの時代であれば罪とされないことで、収監をされ、拷問をされ、命を奪われた人たちがいたというのは辛いし、

それを、任務として行わなければならなかった人たちがいたということも、辛いなと。

そして、そんな時代の中で、国を守るために働きかけた人たちの存在は偉大だと思いました。自分の命を犠牲にするような行動、わたしにできるとは到底思えない。

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▲歴史館を出て、駅に向かう途中にあったベンチで母と感想を交えました。

この記事を書いてる間にも、言葉にできない感情がふつふつと湧いては消えて、湧いては消えてを繰り返し、消化ができてなくてたまに涙が出たりもするんですが、

たぶん延々と消化できないまま、言葉にできない感情は言葉にできないままだと思うので、この辺りで終わろうと思います。


旅行記はつづきます...


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